六鹿宿

介護保険発足直後から介護の世界で働いている僕が見たり聞いたり感じたことを綴っています。

2つの介護技術。

介護を始めて14年。
本当に様々なお年寄りと出会い、そして別れた。
どうすれば、この人に美味しく食事をしてもらえるか?
どうしたら、すっきりと排泄してもらえるか?
気持ち良くお風呂に入ってもらうためには何が必要か?



そんな諸々。お年寄りの生活を支える細かな事柄に心を砕く日々だった。


そこで出た答え。
一つは全ての介護技術の根幹を成すのは「トランスファー技術」であること。
つまり移動介助が下手くそだと、何にも出来ないということ。
食事に適した姿勢をつくることも、オムツにでは無くトイレで排泄してもらうことも、安全にお風呂に入ってもらうためにも、その全てに「トランスファー技術」が絶対的に必要だ。
人間は立ち上がる時に足を引いて頭を下げるという基本の部分から、物理的なベクトルがどう向いているか?お年寄りのどの体の部分を支えれば、お年寄りの力(残存能力)を十分使って介助ができるか?
そういうことを理論的に理解して実際の介助で実践できることは、介護のプロフェッショナルとして必須の事柄なのだ。



しかしそれだけでは、お年寄りに快適に過ごして頂くことは出来ない。
ここまで述べたことが「身体」の介助であるのに対して、もう一つ、「心」の介助が必要なのだということ。
「心」の介助とは何か。
どれだけ身体的な介助がうまくても、心が無ければプロフェッショナルでは無いということ。
例えば、身体介助が凄く上手な介護職があなたの眼の前に居たとしよう。
彼はあなたのおむつ交換の為に、あなたの部屋にズカズカと入ってくる。
彼は無言であなたの布団を引っぺがし、目を合わせるでも無くズボンを下ろし始める。
そして手際よくオムツを綺麗なものに交換し、さっさと足早に退室していく。



確かに綺麗なオムツに交換されたことであなたのお尻は快適かもしれない。でも…
あなたの「心」はどうだろうか?



部屋に入ってくれば「失礼します」
オムツを交換することを告げ「お布団をとらせて頂きますね」と声をかける。
ズボンを下ろす時にも、お尻を拭く時にも、しっかりと声をかけてくれる。
そして「また来ますね」と微笑みながら退室していく。


お年寄りは自らの不自由さの中で、気持ちが落ち込んだり、誰かの助けを借りて生きて行かなければならないことに自尊心を傷つけられたりしながら、それでも生を全うする為に懸命に日々を送っておられる。不自由さを知らない我々には想像もつかないほどのストレスを日々、感じておられるはずなのだ。

そういう、お年寄りの傷つきやすい「心」に寄り添うことの出来る介護。
それが本当に大切なのだと思う。



介護技術には2つの要素がある。
それは「身体の介助」
そしてもう一つは「心の介助」



この国の介護職が皆、そこを目指すならば、本当に素晴らしいことだと思う。

そうなるならば、誰もが安心して年を重ねることができる。


×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。