六鹿宿

介護保険発足直後から介護の世界で働いている僕が見たり聞いたり感じたことを綴っています。

バーンアウト

バーンアウトして仕事を辞めたり、うつ病になったりって話を我々の業界でも良く聞く。
頑張り過ぎて燃え尽きて、そして、何もかもが嫌になる。


ごく、近しい同僚の中にも、そういう人は居たし、燃え尽きて職場から姿を消した人間も少なからず知っている。


ある意味では分かる気がする。たくさんたくさん仕事を抱え込んで、にっちもさっちも行かなくなる。
それで、その場から逃げ出したくなる。あるいはその場で力尽きてしまう。そういう状況に陥ってしまうのも分からなくは無い。


まぁ、でもそういう言葉が流布され認知されていく根底には現代人の、ひ弱さがあるということも事実なんだろう。貧しくて、食べる為に、家族を養う為に馬車馬の様に働いていた昔の人々から言わせれば、燃え尽きて仕事を辞めたとしても食うには困らない現代人なんて「なに贅沢言ってんだ?」って、ところだろう。


戦争を生き抜いたお年寄り。バーンアウトなんて言葉を聞いたら「我々の世代は家も焼かれ、家族を焼かれ、生きる術すら焼き尽くされたんだ。あんたはB29の機影を見たことがあるのかい?焼夷弾が吹く炎の熱さを知っているのかい?何を甘いこと言ってんだ。」って言われそうだ。


現代の我々が感じる「思い詰めなければならない程の重大な状況」なんて、「死と隣り合わせの世界で生きること」と比べれば何ほどのものなのだろう?


まぁそれでも、現代の人々の心の闇が広がり続けている事実には目を向けるべきなのかもしれない。
どうすれば、強い心を持てるのか?


一つだけ言えるのは、現代人の弱さは、ハングリー精神の欠落にあるということ。
豊かさが人々を惰弱にしていることは、間違いのない事実だ。
かと言って、今更、豊かさを放棄することも不可能な話だろう。
だからこそ「お蔭さま」の精神を忘れないことが、きっと大切なのだと僕は思う。


生きていること、ご飯が食べられること、周囲の人々と笑い合えること。
すべて自分一人の力によるものでは無く、自分の周りの人々、あるいは自分の生きている社会に支えられているからこそ、なのだと自覚する。


お陰様の精神を持てば、バーンアウトなんて、そんな心の持ち様なんて、吹き飛ばしてくれるような気さえする。


バーンアウトの行きつく先の悲劇に「自殺」がある。
現代の日本では、年間3万人の人々が自殺をすると聞く。何もかも嫌になって、この世から退場することを願望したあげくに命すら絶ってしまう。日露戦争の戦死者が約9万人って言われているから、日本は3年に1回、日露戦争をやっているようなものだ。けれど日露戦争の戦死者たちは、決して自殺したんじゃない、殺される状況下に無理やり立たされたんだ。同じ死でも、ある意味、対極にある。


自殺を願望する時の精神状況には微塵も「お蔭さま」の精神が入り込んでいないはずだ。
生きているんじゃない、生かされているんだという、お蔭さまの心。
僕は、この先の人生も、それを忘れずに生きていたい。

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