六鹿宿

介護保険発足直後から介護の世界で働いている僕が見たり聞いたり感じたことを綴っています。

盛衰の狭間で

思えば9年間。僕はユニットケアを標榜する新型特養であるこの事業所で夢を追いかけ続け、時には挫折を味わいながらも、それでも、これが自分の進むべき道だと信じて、事業所運営の根幹を形作ろうと努力を続けて来た。


有難いことに、共感してくれる多くの仲間達が逆境に晒された時にも僕の事をいつも支えてくれていた。だから僕は努力を続けたし、迷うことなくその道を順調に前を見て歩むことが出来た。


だが、今の状況は違う。決定的に、圧倒的に、そして全否定的に僕の置かれている状況はかつての挫折感とはまるで違う、別次元の混沌と欺瞞と破滅の色、それを混ぜ合わせた暗黒色に染まっている。


おそらく、結局はどんな綺麗な事を言っても答えなど出ない。


結局は金だ。金が無いから、採算が取れないから、ユニットケアなどは、個別ケアなどは、質の高いケアなどは、絵に描いたモチに過ぎなくなってしまうのだ。


組織を運営する上で、資金が必要なことは自明の理であり、言われるまでも無くそんなことは分かっている。


社会が、介護に無関心であることも、政府が資本主義的正義の旗を振りかざしていることも重々承知の上で、敢えて言う。


ならば、それならば、資本主義の行き着く先と超高齢社会、多死社会の狭間に揺れる僕らの祖父や祖母、父や母は、どの世界に身を置いて生きれば良いと言うのだ?


誰もその問いには答えてくれず、僕は、途方に暮れる。


答えなど実は存在しない、複雑で意地の悪い全否定的な方程式。


そんな方程式の解を解けと、耳鳴りがするぐらいに、がなり立てている誰かが。


僕の頭の中に、根源的世界の果てに、破壊的神秘性を帯びながら、今も尚、巣くっている。











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