そこにある、どこにも無い何か。
夢の話をするのは阿呆のすることだ。
そう言い聞かされて僕は、育った。
意味の無いことを語ることは、人間として恥ずかしいことだと教わって今までを生きてきた。
僕はだから、途方もなく無口だ。海中深くに沈む意思を持たない貝殻のように。
そこにあるけれど、どこにも無い何かを求めて、際限なく無口であることが使命だと信じて疑わなかった。
けれど心を無視して僕の脳は、意味を持たない夢を見る。
夢の中で僕は空を飛んでいた。
まるで、無重力の中で大地を力強く蹴ったみたいに、僕はどこまでも遠くへ飛んで行くことが出来た。
そうか、そこにあるけれど、どこにも無い。そういう存在で在りたいからこそ、僕は今夜もまた夢を見るのだろう。そして、それを誰かに語る明日が訪れることを望みながら、僕は目を閉じた。月も見えない夜の底で。