六鹿宿

介護保険発足直後から介護の世界で働いている僕が見たり聞いたり感じたことを綴っています。

じぃが、ばぁを壊す話。

僕には小学一年生の、可愛い姪っ子がいる。
彼女が言った「ジィがな、バァを壊してん」という謎の言葉。
笑えない。とても笑うことなど出来ない正月の物語。


「ジィがバァを壊した。」…それだけを聞いた僕は、彼女にとってのジィ。つまり僕の父親が、彼女にとってのバァ、つまり僕の母親に対して何らかの危害を加えたのか?と最初に思った。


違った。そのほうが幾分かマシだと思えるような事実をその言葉は示唆していた。


昨今、高齢者ドライバーの引き起こす事故についてのニュースが世間を大いに騒がせた。
まるで、それを彷彿とさせるような。その枠内に位置する出来事に、自分の父親が片足を絡めとられたとするならば、息子として、家族として、どう感じれば良いのだろうか?

「何か、お正月だから孫たちに好きなものを買ってやろう。」
そう思った親父は、愛車に可愛い孫たちを乗せて、近所のショッピングモールに訪れた。


駐車場に車を停めるためには、駐車券を発行する機械の前で一旦停止し、それを手にしてからバーが上がったのを確認して駐車場に侵入する。普通ならば。
しかし何を思ったのか、親父は、前の車が駐車場に侵入するのに合わせて駐車場に侵入。つまり、駐車券など取らず、前の車を煽るようにして駐車場に突入したわけだ。それだけでも、ある意味、異常だ。


駐車券を取ることなく、駐車場侵入に成功した親父。そこでなんの不審も感じることなく、孫たちとの心暖まる楽しいお買い物へ。
孫たちの笑顔に囲まれて、さぞ幸せな時を過ごしたことだろう。


しかし買い物を終えて、その後が、問題だった。
車に乗り込み、いざ駐車場を出ようとした時に、駐車券が無いのだから。
駐車券が無ければ、もちろんバーは上がってくれない。彼らは不審な車を外に出さないための壁として、通行手形を持たない侵入者をそこに押しとどめる。
当然だ、それが彼らの役目なのだから。


正月で当たり前のように混雑するショッピングモールの出口。親父の後ろには買い物帰りの客たちの車が数珠繋ぎで連なっている。


慌てた親父は、何を思ったのか…。
バーが下りた状態の出口から、脱出しようとしたわけだ。


普通なら、その時点で係員を呼ぶだろう?普通ならば。


だが親父は、右足に力を込めてアクセルをふかし下りたままのバーを無視するように前進を開始した。


まさかバーが折れるなんてことは無い。とりあえず外に出て、後ろの車の群れをやり過ごさなければ…。親父の哀れな脳みそはそう判断した訳だ。


果たして、親父の車の不必要な圧力を受けて、情けない音を立てながらバーはへし折れた。まるで親父の判断した馬鹿な答えをあざ笑うように、その知力の欠片も無い判断に呆れ果ててしまうように。
そうして、バーを破壊した代償を当然のことながら親父は支払うこととなった…。


「ジィがバァを壊した」


可愛い姪っ子の無邪気な報告。


親父に、車運転停止の引導を…いつか渡さなければ。おそらく日本中で同じ悩みを抱える息子たちが、娘たちが、戦慄をもって、これに似た無邪気な報告を受けていることだろう。





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