六鹿宿

介護保険発足直後から介護の世界で働いている僕が見たり聞いたり感じたことを綴っています。

京都漫画ミュージアム。

お盆は働き詰めだったので、今日は休日だった。
朝からあいにくの雨。こんな日は屋内でゆっくりと過ごすことの出来る博物館が良い。
数年ぶりに京都、烏丸御池にある漫画ミュージアムへと出かけた。


平日ではあるが、やはり夏休みはまだ続いているようで家族連れの姿があちこちに。以外にも海外からの旅行者の数も多い。
最初は所蔵されている漫画を読みふけって時を過ごしたが、館内の最深部まで歩を進めると、そこには戦後から現在に至るまでの漫画の歴史を展示する空間が広がっており僕の心を鷲掴みに…。


もともと僕は幼いころから絵を描くことが好きで、一時は漫画家を真剣に目指していた時期もあった。
手塚治虫先生の大ファンで、初期のSF作品「ロストワールド」や「来るべき世界」を真似たような漫画から始まって、よりスケールの大きな「火の鳥」や「アドルフに告ぐ」などの作品群との出会いから歴史をベースにした大人向けの漫画を描くようになっていった。
しかし成長するにつれ、自分の才能の限界に気付き始める。
そうしていつしか、僕は漫画を描かなくなった。
今でも時々絵は描くが、漫画は描かない。


20代半ばを超えたころから、手塚治虫作品の毒の強い部分、例えば人間の表現、特に女性の表現の仕方に少し違和感を覚えるようになり、次第に藤子不二雄、特に藤本先生(藤子‣F・不二雄)の作品に心を奪われるようになっていく。子供の頃からアニメでおなじみの「ドラえもん」や「パーマン」
何気なく見ていたそれらの作品の子供に対する優しい眼差しに気付き、そのメッセージ性の強さを知り、改めて藤本先生の漫画を読み直す機会が多くなった。
神奈川県に出来た藤子F不二雄ミュージアムには開館早々に訪れている。
多分、色々な経験を経る中で、自分自身が変わって行くことに伴い、求める感覚も変化していったということなのだろう。


ともあれ、そういった日本の漫画の草創期に現れた巨匠たちから、現代の漫画家に至るまでの作品群が、その空間をぐるりと取り囲むように、所狭しと並べられていた。
夜勤明けだったので、さすがに3時間が限界だったが、とにかくその空間で僕はタイムスリップを楽しみながら過ごした。


やはり日本の漫画は凄い。


手塚先生も藤本先生も今、ご健在であれば90歳近い年齢だろうか?
「ドラえもん」の声優だった大山のぶ代さんが認知症を患ったという衝撃的な報道も最近あった。
あの伸びやかな声のトーン、未だに耳に残る。「どこでもドア~。」「ガリバートンネル~。」
懐かしいな。


この先の未来、超高齢社会の日本は、どんな文化を生み出していくのだろう?
資本主義経済が行き詰まり、人口減少が急速に進む、この日本の社会において漫画のような世界に誇ることの出来る文化。その文化を世界に発信し続けることも、この先の日本の社会を潤す意味において重要なファクターとなり得ると、タイムスリップをしながら感じた。


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