六鹿宿

介護保険発足直後から介護の世界で働いている僕が見たり聞いたり感じたことを綴っています。

ナースコール連打。

ナースコール。
お年寄りが用事のある時や何かあった時に居室から職員を呼ぶスイッチのこと。
介護業界の施設においても病院同様にナースコールと呼ぶ。正式にはケアワーカーコールだと思うのだが…まぁそれはさておき。


職員が忙しく働いているときに、これを何度も何度も繰り返して鳴らすお年寄りがおられる。
もっと言うと、御用を伺っても確かにナースコールを押したはずなのに「呼んでない。押してない。」と返されるお年寄りもおられる。
更にはナースコールを握りっぱなしで、ずっと連打し続ける人も、やはりおられる。


けっこうこれが、大変なのだ。


僕が新人の頃、Yさんというおじいさんが何度もナースコールを押すタイプの方だった。
僕は新人だったこともあって「呼ばれてるんだから行かなきゃ」と素直に思っており何度もYさんのお部屋に伺った。傍から見ている先輩職員からは「六鹿君って…すっごい楽しそうにYさんのコールとるよね。」と半ばあきれ顔で言われていた。しかし僕は実際にYさんに会いに行くのが楽しかったのだ。
ある日の夜中、例によってYさんのナースコールが鳴る。
「どうしましたか?」と駆けつける僕。
「おぉ!来てくれたか!」とYさんは安堵の表情を浮かべ虚空を指さして「こいつらを追っ払ってくれ!」と。
そこには何も無いし、誰もいない。
しかしYさんの目には何かが映っている。
「誰を追っ払うんですか?」という僕の質問にYさんは「こいつらや!暴走族や!わしを取り囲んどる!!」と返される。
どうやらYさんの周りには無数のバイクの群れが居るようだ。
とりあえず虚空に向かって僕は演技を始める。「あっち行け!」「はよう行け!」と追い払う仕草をしながらYさんの様子を伺う。それを見てYさんは、心底「助かったぁ…」という表情をされている。
それから数か月後、Yさんは新しく出来た他法人の特別養護老人ホームへ入所され、それ以来、会うことが無くなった。当時90歳近かったので今生きておられれば100歳くらいかなぁ…
なんとなく男同士の友情があって…新人である僕を頼りにして下さって…。嬉しかったなぁ。


働き始めて5年目に出会ったOさん。
フロアのドンみたいなお婆さんで、かなりしっかりした方だったので周囲の認知症のお年寄りに対して毎日の様に叱責をする姿が印象的だった。
ドンらしくフロアのど真ん中、TVの真ん前が定位置。周囲のお年寄りに「あんたたちは何も喋らないね?呆けてるんだね。」「自分のことは自分でしなさい!」といつも怒鳴っておられた。
しかし、そんなOさんの認知症も徐々に進んでいく。身体も弱り、いよいよ寝たきりの状態に…。
そうなると居室で横になって過ごすことが多くなり。それこそナースコールをずっと握りっぱなしで鳴らし続けて過ごすようになる。
そんなに鳴らされても、毎回行けるわけでは無い。毎回行ってたら、他のお年寄りへのケアが出来なくなる。だから、ずっとナースコールは鳴りっぱなし。
正直、どう対応すれば良いのか職員の頭痛の種でもあった。


ある時、精神科のお医者さんに、そのことについて相談する機会を得た。
そのお医者さんは「ナースコールを外しなさい」「それは用事があるから呼んでるんじゃない。」「ナースコールがあることでOさんだって、執着と言う苦しみを味わってるんだよ」「だからOさんの手の届かない所にナースコールをしまいなさい」と仰った。


お年寄りにとっては命綱のようなナースコール。それをお年寄りから奪うことに強烈な抵抗はあったが、確かにOさんはナースコールの意味合いを理解されて、それを連打されているわけでは無い。
お医者さんの意見に従って、ナースコールをOさんの手の届かない場所へ遠ざける。


するとOさんは夜もぐっすりと寝て、昼間も体調の良い日は居室から出て過ごされることが増えた。
それから数年後Oさんは他界された。ナースコールを外すことに抵抗はあったものの、それをすることでOさんの生活の質があがったことは間違いないのではなかろうか?


このお二人の例以外にも、たくさんナースコール連打事例はある。
多くの経験を経て、今の僕が言えることは、とにかく生真面目にナースコールに対応する事が、全てでは無いということ。
お年寄りの個々の状態によって、ナースコールへの対応方法も変わる。
生活の質という観点を中心に据えて、ナースコールを捉えると、答えが見えてくるような気がする。

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