六鹿宿

介護保険発足直後から介護の世界で働いている僕が見たり聞いたり感じたことを綴っています。

生きている時代の空気。

例えば封建制度の中で生きていたとすれば。
あるいは戦時下に生きていたならば。
そんな想像をすることが良くある。


現代に繋がる日本人の根本の部分の性質を形作ったのは、江戸時代の封建社会の中では無かったか?
例えばそれまでの社会においては、中国や韓国から文化を輸入し模倣することが多かった。
稲作、仏教、律令制、その他諸々。全て大陸から日本に渡ってきた。


しかし江戸時代。日本は鎖国を国是とし、一部を除いて外国との交流を絶つ道を選んだ。
その中で、日本的な美意識や文化が醸造され大陸とは違う「日本人的な性質」が生まれたのではないかと思うのだ。それは浄瑠璃に見られる庶民の文化、そして武士道といった支配階級の文化。それらが、江戸の太平の世の中で醸造されていったと想像するのだ。
そしてそれは幕末期、時代が大きな波のうねりに飲みこまれようとするに際して、吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬、西郷隆盛等の英雄を生み出し、他方で河井継之助や土方歳三等、武士としての生き方に命を捧げた人々をも生んだ。
つまり彼らが生きた時代の空気。それが彼らを彼らたらしめたと思うのだ。


また日露戦争当時、有名な旅順攻略戦では乃木大将の率いる日本軍が、マシンガンが大量配備されたロシア軍の籠る旅順要塞に向けて殺されても殺されても突撃を敢行し、数万人の死者を出したと言われているが兵士やその家族から不満の声が挙がることは無かった。
もっと近い過去の太平洋戦争当時の「玉砕」や「特攻」の史実を見ても、本当は死にたくなかったという人も多いのだろうが、それでも「お国の為に」と命を散らせることを受け入れた人々が日露戦争とは比較にならない程に多かった。そういうことが可能だったのも時代の空気があったからだと言えるだろう。


いま僕の職場には大正生まれ、あるいは昭和初期の生まれの方が多数おられる。明治生まれの方は本当に少なくなった。それぞれの時代の空気の中でお年寄りは生きてこられた。その人生の重みを考えることも僕の仕事にとってはとても大切なことだと思う。
戦後70年を経て今は齢を重ね高齢者と呼ばれるようになった彼ら。
戦時中に若い時代を過ごした、その当時の苦しみ、敗戦時の口惜しさ、そして戦後復興の時代の高揚感。そういったものを少しでも理解して介護をさせて頂くのと、そうでないのとでは大きく違う。


翻って、ここ数年。平成生まれの若者が続々と職場に入職してくるようになった。
生まれた時から携帯電話やメールが存在し、ひもじい思いをしたことが無く、ゆとり教育の中にどっぷりと浸かって育った彼ら。それも、彼らの生きている時代の空気。


昭和50年生まれの僕が、彼らと話をすると時々強烈なジェネレーションギャップを感じることがある。個人主義的、没コミュニケーション、男性は草食、女性は肉食。
「今の若いものは…」とため息をつくこともある。
しかし、それが彼らの生きている時代の空気なのだ。


我々の世代だって、おそらく年配者に「今の若いものは…」とため息をつかれてきたのだろうし、その前の世代もその前の世代も…きっと同じことを繰り返してきているはずだ。


古代メソポタミア文明だったか何だったかの石版に、当時の大人が「今の若い奴はダメだ。」と書き込んだものが残っているらしい。人類は大昔から、若輩者に対して同じ感想を持っていたようだ。


生きている時代の空気が、その時代の人間を育てる。
時代の空気は変容もするが、時折、巻き戻したり再生したりということもあるらしい。
多くの人々が戦時中の日本に戻ってはならないと解ってはいるが昨今の安保法制の議論は、何だかキナ臭い。巻き戻しや再生はご免こうむりたいものだ。

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