六鹿宿

介護保険発足直後から介護の世界で働いている僕が見たり聞いたり感じたことを綴っています。

世の中の仕組みと人として生きることの意味。

何のために自分は生まれてきたのだろう?
生きていれば楽しいことは沢山ある。
でも、楽しいのと同じくらいに苦しいこともある。
半々なら、よけいに考え込んでしまう。
生きている意味があるのだろうかと。


世の中の仕組みは、知能と文字を有する人間が決めていると、人間だけが錯覚している。
けれど、宇宙の歴史から見れば、いや、地球の歴史から見ても人類は新参者で。
我々が考え得る範囲のことなどたかが知れているし、自然の大きさには到底かなう訳がない。


であるならば、人間が考え出した法や秩序なんてものは、実に小さいもので、そこで蠢いている自分なんかはもっとちっぽけで。
そんな風に考え始めると、生きていることの意味を見失ってしまいそうになる。


つまり、自然の大きさから見れば、人間の100歳も0歳もほとんど変わりが無いはず。なのに人々は0歳で死ぬことに多くの悲しみを感じ、100歳で死ぬことは当たり前の様に感じる。
将来的に生産性のある存在に、より多くの期待をしたりするのが世の中の仕組みなわけである。

けれど100歳の人も、100年前は0歳であったわけで、これまで生きた道筋を知ることが出来たなら、そこには途方もない慈しみを覚えるはずなのだ。
しかし、この世の中の仕組みはその辺を理解していないようで、まるで年をとることが罪でもあるかのように、人々は年老いてしまったものに対して冷たい。


いずれは誰もが…もちろんあなた自身も、年老いて行く。

そろそろ、人として生きることの意味を考え、年老いたものへの慈しみを感じることの出来る世の中の仕組みを構築するべきではないのだろうか?
介護保険の保険料は、現状では40歳以上の者が支払うことになっている。
社会保険方式である限り、被保険者が保険料を支払うことが当たり前で、そうではあるのだが…。
パンク寸前の介護保険。全年齢で、賄う必要はないのだろうか?40歳以下の人も含めて、皆で支える仕組み。年金生活で苦しい生活をしている人々から、お金を巻きあげて賄う介護保険なんて、どうなのかって思うわけです。

未曾有の超高齢社会を迎える日本。
本気で税方式(国民皆で負担し、介護保険の財源とする)によって、介護を賄う方向を探ってみても良いのではないか?
あなたの親も、あなたも。いずれは年老いて行くのです。
誰もが安心して年を取ることの出来る世の中の仕組みを作っていく必要があるのではないですか?
人として生きる意味は、そこにこそ有るのでは無いかと考えるわけです。


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